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大阪地方裁判所 昭和48年(ヨ)3209号 決定

申請人 殿山茂樹

〈ほか四名〉

右代理人弁護士 三上孝孜

同 寺沢達夫

同 海川道郎

同 守井雄一郎

被申請人 株式会社三晃社

右代表者代表取締役 松波金弥

右代理人弁護士 本山亨

同 那須国宏

同 近藤堯夫

主文

一、被申請人は、申請人らを被申請人の従業員として仮に取り扱え。

二、被申請人は、昭和四八年一〇月一二日以降毎月二六日限り、申請人殿山茂樹に対し金一〇〇、四六四円、同石倉健三に対し金一二〇、七三四円、同長谷洋一郎に対し金一三九、九二五円、同多田浩幸に対し金九三、〇七六円、同勇元新一に対し金八一、〇一三円の金員を仮に支払え。

三、申請費用は被申請人の負担とする。

理由

当裁判所は、本件疎明資料ならびに当事者双方審尋の結果を総合して本事案を慎重に検討した結果、その判断の要旨は以下のとおりである。

一、被申請人の移送の申立は理由がないから却下する。

二、一般に労働の場所・種類・態様などは賃金などの労働条件と同様に労働契約の不可欠の条件である。それ故業務上の理由に基づく配転(転勤)であるからといって、それが労働者の労働条件や生活環境に多大の影響を生ずるものである以上、無制約に許容されるものではなく、配転命令はそれがもたらす結果ならびに命令権行使の過程のいずれにおいても労使関係上要請される信義則に照らし当然に合理的な制約が存する。したがって組合との間に人事権行使に関する手続協定のある場合に協約の定めに従って配転発令前に通知義務あるいは協議義務を負担するのはもとよりであるが、協定のない場合といえども、転勤に伴う職場および住居の変更等配転内容が労働者に重大な生活上の影響を及ぼす場合には、使用者としても転勤を命ずる際にはできる限り労働者の同意を得るようにし、仮に同意が得られない場合でもなるべくその希望にそうように配慮を尽した上で配転を実施するのが労使関係における信義則に合致しているものといわねばならず、配転発令後、組合が個別具体的な配転問題につき団体交渉を申し入れた場合、配転に関し団体交渉以外の苦情処理手続等が確立していない限り、使用者は誠実に協議に応じる信義則の義務があるというべきである。しかるに、本件配転発令の前後にかけて、被申請人会社は、組合の団体交渉申入に対して、個々の配転人事は会社の人事権行使として会社の専権に属し、団体交渉の対象事項にならないとして、これを強く拒否する態度をとり続け、一方申請人らには新任務に就かない場合は就業規則に照らして処分する旨の警告を幾度も発した。しかし、配転は組合員の待遇に関する最重要事項として労働条件の一に属し、もしくは少くともそれと密接な関連を有するもので、全く労使の妥協に親しまない事柄でもなく、本来労使間で話し合って決定できない性質のものでもないのであるから、単に配転の全般的な基準に限らず、各配転該当者の個別的具体的問題といえども当然団体交渉の対象となりうるものである。換言すれば、労働者の労働条件等経済的処遇に関する事項につき、すべての組合員に共通に適用されるべき一般的基準でなければ団体交渉事項になりえないと解する根拠は乏しい。被申請人会社としてはたとえ申請人らとの個別交渉が可能であったとしても、いったん組合が申請人らの意を受けて団体交渉の申入をした以上は団体交渉の場おいて個々の配転の合理性ないし必要性、選定事情および申請人らの生活関係に対する配慮等を十分納得のいくように説明して、組合と誠意を尽して協議すべきであったといわねばならない。人事権もまた団体交渉権との調和の上にその存在の場を肯定されるものである。しかるに、被申請人会社がこれをなさず、前記の如く組合の団体交渉の申入を単に専権的な人事権を楯に一方的に拒否したことは合理性を欠くものであって、かくのごとき会社の態度は労働基本権を無視するものであり、正当なものとは評価できない。

もし被申請人会社が本件配転について最初から申請人らの意向を無視して一方的に経営目的を強行する意図はなかったとすれば、組合との団体交渉の席上において配転先での就労につき配慮を尽して申請人らの納得に努めることにより、配転拒否に起因する業務上の支障を未然に防止し得たであろうことも認められないわけではなく、仮に業務上の支障が生じたとしてもこれをすみやかに除去し、右支障の影響を最少限度に留め得たことは推認に難くないところである。

しかるに、被申請人会社は、昭和四八年一〇月五日以降本件配転命令に対する不当労働行為救済申立事件が係属中の大阪府地方労働委員会において、審査委員により事情聴取の形式で配転先での就労条件等の斡旋が行われた際にも、その時点では申請人らにおいて、配転に服する意思がなかったわけではなく、交渉次第では配転先における労働契約の本旨に従った就労の見込も多分にあり、審査委員の強い説得もあったにも拘らず、依然として、申請人らの個々の配転条件については、組合と直接に交渉協議することをあくまで拒否し、右斡旋が不調に終った直後申請人らを業務命令違反を理由に解雇処分にする旨決定したのである。

かような経緯に鑑みると、申請人らが本件配転命令を拒否して配転先に就労せず、その結果仮に業務命令違反の事実が存するとしても、その主たる原因は被申請人の前述の如き頑迷なまでの団体交渉拒否の態度に起因するもので、いわば自らの非によって招来した事態といっても過言ではなく、その非をひとり申請人らにのみ転嫁して厳しく解雇権を行使することは労働契約上要請される信義則に違背するものであり、その程度は被申請人に存する業務上の支障と比較して著しく大きく、労使間の法益の均衡を害し、正当な権限の行使の範囲を免脱しているといわざるをえない。したがって、本件解雇の意思表示は解雇権の濫用として無効である。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 藤田清臣)

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